2003年8月のコラム

2003/8/1
「名古屋ボストン美術館閉鎖」

名古屋市金山にある「名古屋ボストン美術館」が2009年に閉鎖になると報じられた。1999年開館だからわずか4年で閉館の決定とはいささか驚いた。すぐ朝日新聞で取り上げられ、二日に渡りコラムが連載された。たしかにボストン美術館誘致が報じられた頃は賛否両論だった。ボストン美術館への50億円という多額の寄付金の問題や展示する美術作品をこちらで選べないなどあまりに一方的な契約に議論が集中したが、当時私が気になったのはいまさらなぜボストン美術館なのかだった。現代美術館さえ無い名古屋の美術シーンから言えばあまりにも逆行するような選択だった。ボストン美術館は日本を含め東洋の美術品の所蔵が多い。また西洋美術の華、印象派の作品も多くある。しかし、それなら愛知県美術館や名古屋市美術館でもボストン美術館から借りる事は出来るだろうからわざわざ一つ美術館を作り、一方的な内容の契約でボストン美術館の作品を借り入れる必要は感じられなかった。朝日新聞によれば当時の東海銀行会長で名古屋商工会議所の会頭であった加藤氏が一部の批判を押し切り実現したものらしい。ここで気になったのが新しい美術館を作るという経緯においてその美術館のあり方や運営方法についてなぜか経済界の人間の名前しか出てこないと言う点だ。私なら当たり前と思うのだがまずは美術及び教育関係者を集め名古屋に何が求められており何が不足していて将来のために何をすべきかを聞くべきであったのではないか?そして市民の参加を強く促し地域に密着した美術館の方向を探ることも必要だったのではないか?そうすれば違う形の美術館が生まれており今なお大きな市民財産として残されて行くはずだったのではないか。結局ちょっと高飛車な匂いがする経緯とともに市民に愛される事も名古屋発の新しいアートシーンを生み出す事も無く一つの美術館が消え去ろうとしている。

2003/8/3
「「わかる」と「知っている」の違い」

8 /1の朝日新聞に養老 孟司氏(東京大学名誉教授) と日野原 重明氏(聖路加国際病院名誉院長)との対談「なぜ話は通じないのか」が掲載されていた。非常におもしろく読ませてもらったがその中でも「わかる」と「知っているの」違いについて養老氏が話したところがとても印象に残った。朝日新聞の記者がその違いを聞くと養老氏が「応用できるかどうかでしょうね」と実に明解に答えたのである。現代は情報が氾濫している。実際インターネットがあれば見つからない事が無いほどだ。しかし問題なのはいくら情報として物事を知ったとしてもその事の本質を解ったとは限らない。あることを「何か別の事で例えて」と聞かれたり、「それって違う分野で共通する事は無い?」とか聞かれるともう答えられない。もしくは「その情報から全く新しい発想を生み出せますか?」と聞かれたらもうお手上げと言う事が往々にして有り得る。建築の歴史にどれだけ精通していても良い建築が設計できるかと言えばそうではないところと似ている。多くの雑誌でいくら歴史的に傑作な建築物を見て知っていても、じゃあ、いきなり歴史に残るような傑作を作れるかと言えばそうではない。「知った」情報を「応用」出来るようになってこそ「わかった」と言える養老氏の意見はもっともなのである。オーナーと打ち合わせをする時、目の前にオーナーが用意した建築雑誌が山積みになって一杯付箋が張ってある時がある。オーナーもいろいろ見て知る事は出来るがまとめる事が出来ないようだ。やはり情報を応用して理解し答えを出して行くのは設計事務所側の仕事だろう。その答えは単なる模倣ではもちろんいけない。

2003/8/7
「ロッドビルダー」

フライフィッシングと言う世界をご存じだろうか?もしかしたらブラット・ピットが出ている「リバーランズ・スルー・イット」を御覧になって知っている方もいるかもしれない。ようは魚釣りなのだがこれがなかなか奥深い。もともとイギリスの貴族の釣りといわれ後にアメリカに渡りスポーツフィッシングとして確立し日本に伝わってきたもので,餌は使わず疑似餌の毛針を使って釣りをする。どう奥深いかと言うとこれが一言では言い表せないぐらいの内容を持っているので説明が大変だ。たとえば釣りなのに「釣れれば良いと言うものではない」という逆説的な一面があったりするし、生き方さえ反映するとまで言い出す輩まで出てくる始末。そんなフライの竿を作って20年、知る人ぞ知る名ロッドビルダーでフライプロショップ「寺尾釣竿堂」の寺尾氏と知り合えたのでちょっと話を聞いてみた。寺尾氏のフライ歴は33年、現在の名だたるプロフライフィッシャー、フライプロショップで氏を知らない人はまずいない。初めて竿を作った(正確には改造した)のが小学校3年生の頃だというから根っからの竿作りと言えるかもしれない。19才の頃、いとこがたまたまフライの竿を持っていた。イギリス製の竹で出来た竿のしっとりとした美しさに感動し、フライにのめり込んで行く。だれか影響を受けた人はいないかと聞いてみると、故芦沢一洋氏の考え方に共感を覚えたとの事。芦沢氏は日本にフライフィッシングを広めたと言っていい人で著書に「バックパッキング入門」「フライフィッシング全書」などがある。芦沢氏の基本姿勢は「自然に対してローインパクト」、たとえば無駄な消費はしない生き方の事である。そしてお金ではないもっと面白い事、精神レベルの愉しみを説く。そんな考えに影響を受けた寺尾氏の考えはハッキリしている。大人の釣りをする事だ。大人って何だ?と言われるかもしれない。確かに定義が難しい。「大人」は全体を見る事が出来ると氏は言う。そうすれば目の前の事に捕われず一歩下がって客観視し発想を転換する事が出来、自由になれると言う。「大人」はキャパが広いとも氏は言う。キャパが広ければ物事の大小や種類の違い、うまい下手、そんなことは全て許容範囲内に入り余裕で物事に接する事が出来ると言うのだ。氏に誘われて一緒に釣りに出かけた。目の前に広がる川の流れに対してこれから繰り広げられるフライフィッシングの釣りに対していろいろ話をした。それはまるで秀逸な推理小説を読み解くような世界だった。

寺尾氏の竿作りに対する一つの考え方「力強さと繊細さの両立」について今度また書こうと思う。氏の作る竿は決して量産型の竿では得られないフィーリングと感動をもたらしてくれる。また氏は言う「店では物を売ればいいと言うわけではない釣りの魂を売っているんだ。」このあたりも建築設計にも通じるところがありとても面白い。

寺尾釣竿堂 名古屋市中川区 中川商業高校の北側 052-351-7689 水曜定休

2003/8/10
「日常に潜むもの」

その映像と出会ったのは1週間ほど前だった。映画と言うよりもアート作品と言えるもので、ある公募展に出展されたものだ。観てから1週間という時間が経っているのになにか釈然としないものを感じる。違和感とも言える感覚を覚えつつも、文章にするのを責務のように感じてしまった。これは精神的に良くない。「ああ早くコラムに書いてすっきりしたい。」

その映像は「ワラッテイイトモ」と題されていた。題の通り「笑っていいとも」を主にベースとして再編集して作品として作られている。映像を見始めると、まず違和感が襲いかかって来る。なぜ「笑っていいとも」なのか?と。そして気付く。私の中でもはや存在すらも気にならない当たり前のもの、取り上げる事すらはばかられる単なる日常的な存在であった「笑っていいとも」が、この作品では大々的に扱われていて、否応無しに向き合わされてしまい、私の価値基準を壊してしまったからだと。だが、それだけなら、「あぁこんな切り口もあったのか」で納得する事が出来るのになぜか腑に落ちない。なぜか?この「笑っていいとも」というごく当たり前の日常に潜んでいる「なにか」がわたしに囁いて来る。「日常と言ういかにも当然の状態が実は作られた虚像で実際はそうでは無いよ」と。そして、同時に「でもそんな単純な解釈なんかじゃ日常と言うのは到底理解不能なんだ」とも。ここで考えさせられてしまう。日常は確かに非常に個人的な要素から社会的な要素までが絡み合って成立している複雑なものだ。なのについ日常を説明しようとすると複雑な要素を切り捨てて簡単なものにしてしまう。それは大多数が納得する唯一の方法で楽で分かりやすいからだ。そして、それが顕著なのがTVであり、その最たるものがお昼の娯楽番組「笑っていいとも」なのかもしれない。そこに展開するのは分かりやすい「平和な日常」と言えるもので、全てが単純化されており空気のように大衆に浸透していく。しかしそれは日常の大部分を切り捨てたおかしな存在でもあるのだ。そして繰り返されて行く。そう、日常は繰り返されるのである。必ず同じようなことが同じ時間に繰り返される。分かりやすい単純な事象で。そして今日も「平和な日常」が繰り返されたと安心する。当たり前のように。

作品「ワラッテイイトモ」ではたたみかけるように共同幻想的な「平和な日常」を解体していく。そして、再構成する事で「簡単で平和な日常」と同時に「複雑で現実的な日常」「暗く重い目をつむっている日常」の存在を匂わせる。ここまでならなるほどと感心して終わるのだが、困った事に作品全体にただよう作家の非常に個人的な内面性がそのような客観的な解釈を許さなくしてしまう。「単純な解釈なんかじゃ日常と言うのは到底理解不能なんだ。最後は個人の問題だから」と。作者は「平和な日常」からずれてしまったのかもしれない。そうなるとあらゆる事が根底から崩れ始める。繰り返される事で安心していた生活が逆に不安をあおり始める。このことをどう解釈したらよいのだろうか?社会からの精神的な自立への一歩と言えば聞こえは良いのかもしれない。スピンアウトとと言ってしまえばそれだけの事かもしれない。このような考えが交錯していくうちに、日常社会への自分のスタンスを強制的に再認識させられることになる。

設計をしているとオーナーとの日常的な共通認識を持とうとする。「これはとても明るくて住み心地が良い健康住宅ですよ。」とか「オーナーのライフスタイルにはピッタリの空間です。」「丈夫で安全な建物です。」などなど。しかし実際はそんな単純ではないはずだ。さもなければ、単純化されゆがめられた「日常」という幻想を生み出しかねない。それでは人が置かれている複雑さに空間がついて行けない。本来建築の設計とはその複雑さを受け止められるだけの空間と内容が求められるのだろう。まさにこの作品で突き付けられたのは、「理解不能な多層に絡み合う複雑な現実を読み解きその上で設計せよ」という刃のような気がした。今まで正しいと言われた事は本当に正しいのか?誰もが喜ぶ事は本当にいつまでも喜ばれる事なのか?単純化された答えなど無いと言う現実の前に設計者は立ち尽くすだけなのか?もちろんこんな悩みは設計者だけのものかもしれないが。

2003/8/11
「Y邸増築」
愛知県長久手町「Y邸」
Y邸の増築の設計が始まった。オーナーが事務所に使えるように増築するのだが将来的にはいろいろな使い方が出来るようにしたいとの事。母屋はコンクリート打ち放しの住宅でシンプルな建物。とてもいい感じで暮らされており、うらやましい限り。建物同士、生活とのバランスも考えながらデザインを考えて行く事になりそうだ。建てる場所は庭の一部だが、この庭を奥様は雑木林のようにしたいとの事。その辺の絡みもあって庭との関係、木との関係も重要なテーマに。あと、二匹の犬と一匹の猫との関係も微妙に関係してくる。現状はこんな感じ。

2003/8/19
「建築相談」
岐阜県可児市「W邸」
美濃加茂中島邸の現場にいると以前オープンハウスに来ていただいたWさんから連絡があり、すぐ近くの可児市で土地を見つけたのだがこれから見て欲しいと連絡があった。中島邸の現場で落ち合い、早速土地を見に行く。大通りから少し入って坂道を上ったところにその土地はあった。写真では分かりにくいが敷地の半分は崖地。そのかわりその先には右の写真のような景色が北側に広がる。オーナーはその眺めが非常に気に入っているようだ。問題なのはやはりその崖の部分。地質調査をしてみないと正確には分からないが家を建てるなら基礎でかなりコストがかかりそうと伝えると、仕事が土木関係の仕事をしているのでよく分かっているとの事。この斜面をうまく使った設計もあり得ると伝えると「半地下みたいにすると言う事ですね」と返事。今回のオーナーもかなり勉強しているようだ。この眺め、雲が晴れれば御岳山まで見渡せるらしい。うまく下の雑然とした町並みを隠せば山並と空の広がる贅沢な眺望になりそうで結構気に入ってしまった。この辺りを最大限生かしながら空間を作りたいですねとお互い合点。設計させてもらえると楽しそうなのだが。

2003/8/20
「Y邸増築第一回打ち合せ」
愛知県長久手町「Y邸」
前回の契約の際に要望を一覧にしておいて下さいと御願いしてあったので、一覧表をもらいがてらY氏の仕事場に御邪魔した。グラフィックデザイナーのY氏とは知り合ってからかなりになるが、めったに会う事は無かったので、最近仕事はどんな感じなのか実はちょっと楽しみにしていた。すると仕事場には美術展のポスターがずらり。どれも見た事があるものばかりで驚いた。聞くと最近は美術館の仕事がほとんどとのこと。ということは、かなり目が肥えているだろうから今回の設計ではデザイン的にもかなりシビアな要求をされるなと感じた。また、置いてある家具や小物類もこだわりを感じられる。特に写真は非常に好きと言う事でオリジナルプリントの作品が飾ってあった。そう言えば自宅にも写真が飾られていたのでその辺りが空間を考える上でキーになりそうだ。趣味や個人的な事の他、仕事の上で機能的な諸問題を話し合い、とりあえず打ち合わせを終了。シンプルでギャラリー的な空間になるような気がしてきている。

2003/8/20
「オープンハウス」
愛知県知多市「長浦の家」
服部信康建築設計事務所が設計した「長浦の家」を拝見させてもらった。木造平屋の二世帯住宅。敷地は小高い丘の上にあり目の前に大きな桜の木がある非常に良好な場所だ。全体にダークトーンでそろえ素材を厳選した建物はもう長くそこにあったかのようにしっくりと馴染んでいた。中庭をかねるエントランスポーチを抜けると玄関ドアからすぐLDKに入る事が出来る。そこには写真右のような
可動式の格子雨戸に囲われた空間が現れる。写真で見ると檻に囲われたように感じるかもしれないが実際はかなり開放的。この格子を開け放つと桜の木が眼前に現れる。憎い演出だ。また細部のディテールにこだわりが感じられ同世代の建築家とは思えない手慣れた感じがする。その辺りを聞いてみると60年代の建物が好きだと言う事らしい。たしかに、60年代といえば手仕事が大事にされていた時代。どこか懐かしさを感じたのはその辺りが原因か。住まい手に非常に優しい設計と言える建物だった。申し訳ない事にオーナーの奥様の手作りのシャーベットをごちそうになった上、居心地が良いのでついつい長居をしてしまった。桜の咲く頃はどんなであろうかと想像するに楽しい建物である。


左:道路からエントランスを見る。
右:格子の雨戸が特徴的なリビング。解りづらいかもしれないが格子の手前に縁がある。作り付けのソファが昼寝には最高との事 。

2003/8/24
「ダニエル・ビュレン展」
愛知県豊田市美術館
久々に「これは面白い」と思える展覧会が豊田市美術館で開催されている。フランス現代美術の巨匠「ダニエル・ビュレン」の展覧会だ。とにかくまだ見ていない方は一度見た方が良い。現代美術が苦手の方でもまたは見た事ない方でも理屈なしに楽しめるはずだ。特に子供たちには楽しいようで大騒ぎで作品の廻りを走り回って喜んでいる。少々うるさかったりするが。各作品は設置される場所に大きく関わりながら、鏡やカラーフィルム、透過性の素材を使い見る角度やタイミングによっては思わぬ視覚的な効果を与える工夫がされている。もちろんそれは作家の意図するところであり、そこからより深い意味を汲み取ることもできるが、まあとにかくは各自が楽しみ感じる事が一番だ。これらビュレンの作品は鑑賞者によって自由に解釈される事が許されているし、絶対的な答えなどはない。

インスタレーションと呼ばれるこのような展示方法は設置空間や周囲環境に強く依存している。例えば鏡を使った作品では鏡に映った周囲の環境が作品を覆い尽くし作品自体の存在と重なりあってしまっている。写真左上の作品の場合、映っている女性は実際は画面の外にいるが作品の中には二か所に映り込んでいる。そして女性が動く度に消えたり現れたりと時間とともに変化し作品に違った表情を与えていく。

左下の写真御作品では美術館の外部空間を実に巧みに使っており、その45度振られた作品のインスタレーションにより、静的だった空間を動的にし、更に現実の空間を押し広げる事に成功している。BOXとミラーと原色の組み合わせが映り込みも手伝って、美術館自体や周囲環境、鑑賞者自体を再構築 (コラージュ)してしまったかのような驚きが味わえるのだ。実は写真左上と写真左下の作品は建物の内外に渡っているが配置上セットになっており、その関係を認識する事によって豊田市美術館の地表にいるのか地下にいるのか混乱する複雑な空間構成が意外な形で認識できたりする。豊田市美術館のもつ規則性と作品がかなり共鳴を起している点も感心。ビュレンの30年以上変わらぬ設置空間に対する手法だが、一見の価値あり。

単純にこれらだけでも楽しいのだが、ここから更に深く読み解くことも楽しい。例えば「我々の目にする現象は単純きわまりない媒体から生み出される実像と虚像が幾重にもコラージュされた複雑なものである。」などと考える事も出来る。こむずかしく考える向きにも十分に見応えがある展覧会だ。

豊田市美術館(谷口吉生設計)は非常に優れた建築物であるが、今回ほど建築空間とアートの関係が実に豊かだったことは無かった。アートが建築空間を徹底的に利用しているのだ。それにより建築に潜む規則性、空間性を再認識させられる。写真をたくさん撮ってきてあるので時間があればレビューを書こうと思う。

「ダニエル・ビュレン展」は豊田市美術館で今月31日まで。今週までなので急いで観にいこう。


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