2005年3月のコラム

2005/3/25
「丹下健三」

日本近代建築の巨匠が静かにその生涯を閉じた。なかなか言葉が浮かばないが近代と言う幕は本当の意味で下りてしまったのだなと実感させられる。彼が残した建築物や都市計画を見るとそれを作ったのはアーティストでもなくデザイナーでもなくまさに建築家だったと言える。賛否分かれるものもあるが傑作と言われるものは一度見れば絶対に忘れない。そのプロポーションと象徴性には卓越したものがある。近代建築と言う大きなうねりの中で日本古来の建築がもつ意味性を尊重し、戦後モダニズム、メタボリズムやポストモダニズムという建築の流れの中を時には傾倒し時には距離置きながら生き抜いた。1960年代が絶頂期と言われるがその後も新東京都庁舎(豪華すぎる、装飾的すぎると批判されたが新宿副都心ではその存在感は特筆される)など健在ぶりを示していた。奇しくも愛知万博が開催される直前の死だが大阪万博の全体計画を行った丹下氏に意見を聞く機会を失った意味でも残念でしかたない。

心からご冥福をお祈り致します。

丹下健三オフィシャルサイト

代表作丹下健三オフィシャルサイトより)
東京カテドラル聖マリア大聖堂 東京都文京区 1964
国立屋内総合競技場(代々木体育館)東京都渋谷区 1964
静岡新聞・静岡放送東京支社 東京都中央区 1967
山梨文化会館 山梨県甲府市 1967

挙げればきりがない...

その他論考など
アキラと丹下健三の神殿 戦後日本文化と建築意匠の相関の研究:森川嘉一郎

「愛知万博2 グローバルコモン表層としてのデザイン」
以下は日経アーキテクチャー2005年3月21日号に掲載された万博特集のための原稿です。ですので多少専門的になっています。掲載にあたっては1/3ほどに削られているのでここではそのまま掲載しておきます。尚その他の箇所の原稿を書いたのは
五十嵐太郎 建築史家
清水裕二 愛知淑徳大学現代社会学部助教授
恒川和久 名古屋大学工学部社会環境工学科講師
武藤隆 武藤隆建築研究所
山田幸司 山田幸司建築都市研究所
名古屋建築会議のメンバーです。

「コモン建築群」
今回万博ではグローバルループ沿いに世界を6つの地域に分けそれぞれをグローバルコモンと呼ぶ集落的なエリアに割り振り、ぶどうの房のように配置している。コモン内の各建物は地形の要求もしくは人的な操作により整然と並ぶのではなく、広場を中心にした配置であったり、通りをメインにした配置であったりとそれなりの秩序と多様性を持たせている。各建物自体は基本ユニット(18m×18m×9m)の鉄骨造のボックスの組み合わせで作られている。最小のユニットは1つのもの、最大で12ユニットのものである。全て外装まで統一の材料で作られておりどのコモンに行っても「もの」は同じである。手法としてはユニット化された倉庫群と言って良い。ユニット化はローコスト化に有利であり、万博終了後再利用の際にも利便性が高い。そのまま使っても良いしサイズがそろっているので組み合わせてより大きな空間を作っても良い。経済的な視点から見れば理にかなっているように見える。
さてこの規格化されたユニットだがそのままでは味も素っ気も無い。しかも鉄骨の骨格が作られた形で提供されているので構造的なチャレンジや特に今までにない構造部分のリユースの手法、新しい建設素材などを提案する機会は絶たれている。また外壁も作られてしまっているので内部と外部が共生するような空間の提案も事実上不可である。そうなると建築家やデザイナーが出来る事はユニットの外側に皮膜を覆うかあとはウ゛ォイドである内部空間をどうするかに焦点が絞られる。これは昨今流行のリノベーションに近い。リノベーションは古くなった建物に適用される事が多いが万博では新築の建物に適用される点が興味深い。これは建物のリユースを前提にしているので「付加された要素はまた排除される」が前提なのでしかたない。約半年限定のリノベーションと言える。


「スペイン館」
さてプレファブかのような建物をそのまま見せるのは忍びないと思う建築家が出てきて当然だと思っていたがF.O.A設計のスペイン館ではその一端を見る事が出来る。彼らは色とりどりの6角形のブロックで建物を覆っている。ほとんどはドーナツ状に穴があいているが穴の無いフラットなものもある。壁面全体では6角形の細胞の集まりのように見えるので蜂の巣を想像していただくと分かりやすいと思う。それが既存建物の外壁から3メートルほど空間を離して多孔質のダブルウォールとして立ち上がっている。この空間がエントランスへの導線になっており日差しや雨を防ぎつつ風は通るようになっている。今回万博の施設のほとんどがプレーンな色合いで長期間の耐久性は無い木製のルーバー(格子)を多用しているので、この陶器の多孔質な壁面は色といい質感といい、耐久性といい異質に感じる。さらにこの6角形のピースは正六角形ではなく微妙に歪んだ数種類のパターンで構成されている。そのせいで工業製品のような厳格な規格品のようには見えずどちらかと言うと手作り感が強い。この微妙なピースの変形は多様性のある自然の形態の模写としてみても面白いだろう。またコーナーの役物もきちんと作られている辺りはこだわりが感じられそのせいで単なるハリボテではなく全体としてマッシブな感じはしっかり出ている。スペインのタイルなどの陶磁器の歴史も長いが中部にも瀬戸、常滑、多治見、美濃と多くの歴史的な生産地を抱える。それを意識しての素材の選択なのかとふと思いを巡らすと両国の共通点と違いが興味深い。ちなみに多孔質の壁はスペインに古くからある格子窓の引用と資料にはある。イスラムの影響だろうか。ところでこの小さなピースの集積という手法は当然ながら建物のサイズと関係がない。巨大なものにも極小のものにもフレキシブルに利用出来る。これは便利なシステムと言えるのではないだろうか?そんな可能性を示している点は高く評価出来るだろう。残念ながら内部は工事中で見る事は出来なかった。かなり複雑な空間になっているらしい。

「イギリス館」
スペイン館と対照的に建物に被覆は被せず前庭と塀により建物の存在を消す手法をとったのがイギリス館だ。イギリス館は運良く前庭を作るスペースがあった。これは多少なりとも外部空間にイメージを広げる事が出来た数少ないコモンパビリオンの一つだ。手法は明快だ。前庭を囲むように塀を建ててしまいその壁伝いにエントランスへと向かう。壁のせいで建物の全体は見えない。前庭にはイギリス特有の樹木が植えられ複数のアーティストが作品を展示する予定だ。当然こうなるとパビリオンの顔は外構になるので設計側としては塀のデザインに力を入れたくなる。そこで塀自身のデザインを見ると面白い事に2重のフェイクとなっている。まず一つ目がその塀の仕上げに使われている素材だ。これは耐水処理をされた合板であり表面上自然素材は使っているがある意味本当の自然素材ではない。次に木の葉の模様がこの合板全面に穴空けされている。これも自然形状の模倣なので反転した自然と言えフェイクと言える。しかしこれが以外と美しく見える。なぜか?この手の手法自体は新しいものではないが、この2重のフェイクには期間中だけ持てば良いと言うはっきりとした意図が感じられる。そのためその存在にはどこか仮設故の儚さが漂う。深読みかもしれないが決して自然もしくは人類は永遠ではないという意味合いが感じられてしまう。壁面緑化と言う実際の植物を使った壁も良いがイギリス館の外構はそう言う手法の対極にあるのかもしれない。強いて言うならば記憶の中にだけする存在する自然豊かな過去へのオマージュ、もしくは墓標と言った所か。もちろんそこまで考えなくてもグラフィック的に綺麗とも言えるのだが。塀の穴から垣間見える前庭の本物の植物がまるで最後に残された楽園のように見える。その対比は面白い。内部の展示はまだ見る事は出来なかったが自然から得た発想で開発が進む技術などを紹介しているとの事なのでこちらも自然と人の関わりを考える上で興味深い展示となりそうだ。

2005/3/14
「愛知万博1 さつきとメイの家」

万博について書く事は沢山あるがさて何から書こうかと思ったがメディアで最も多く取り上げられているのは「さつきとメイの家」ではないだろうか?万博の目玉とまで言われている。これはある意味すごい。いまさら説明する事も無いだろうが「となりのトトロ」(宮崎駿監督)に出てくる昭和30年代築と言う設定の田舎のに建つ個建て住宅だ。様式は和洋折衷で和風の家に洋館が手前にくっ付いている。


とりあえず見た瞬間にショックを受ける。確かに和洋折衷様式の住宅は当時多く作られている。私自身も幼少の頃そんな家で育った。しかし「さつきとメイの家」では当時の妙なリアリティははっきり言って無い。なぜか?それは単純に映画の世界の再現だからだ。宮崎アニメは基本的に好きなので見ている。「未来少年コナン」や「カリオストロの城」など子供時代にすっかりハマっていた。でもやはり映画は映画だ。そしてアニメはアニメ。どうしても映像の世界なのでリアリティを追求しようとするとデフォルメが必要になる。宮崎アニメはそこが非常に上手い。デフォルメを感じさせないような工夫が随所にされておりいかにもありそうに思える。もしかして無意識にしているのかもしれないが。「さつきとメイの家」でもデフォルメは確実にされている。だから「和洋折衷様式の住宅」>「デフォルメされたアニメの住宅」>「万博で忠実に再現」となると現実とはいささか外れたものになるのだろう。さてここで問題なのは昭和30年代の現存する「和洋折衷様式の住宅」を移築したとしたらこれほど話題になったかという点である。まずあり得なかっただろう。ということはメディアで取り上げられているような当時への回帰やオマージュは幻想でただ単に「となりのトトロ」に登場する世界が見たいだけと言う側面が強い。しかしながら宮崎氏の着目点はいつも的を得ている。和洋折衷様式の住宅は確かにインパクトがあるし楽しい。当時の大衆的なステータスであった事は間違いない。和洋折衷様式の興味深い点は全く違う様式を融合させるのではなく強引にぶつけてしまっている事だ。これはある意味デザインではなく欲望に近い。ふとまじめに考えるとあの田舎で「和洋折衷様式の住宅」というこじゃれた建物を建てた建築主とはどんな人だったか?かなりの変わり者だっただろう。結構興味深い。ちなみに「さつきとメイの家」では和館と洋館が横に並んでいるがちょっと調べたら函館などの都市部では敷地が狭いせいもあり上下に積まれている。これはこれでかなりインパクトがある。2月のコラム「京都3大楼閣」でも取り上げたがあらゆるものを手に入れたい人間の欲望は留まる所を知らない。

函館市伝統的建造物群(函館市教育委員会生涯学習部文化財課伝統的建造物群保存係)

もう「8 ザ・グラススタジオイン函館2号」(明治41年)とかどう評価していいのか分からないが間違いなく本気だ。しかしなぜ1階が和風で2階が洋風なのか?逆のパターンもあるのだろうか?和洋折衷ではないが「17−1 日下部家住宅」(大正6年)もすごい。これは建築家の設計なのだろうか?日下部家住宅にくっ付いている土蔵はRC(鉄筋コンクリート)造だ。話はそれるが日本では1911年三井物産横浜支店(明治44年 遠藤於菟設計)が最初のRC造らしい。(引用:横浜都市発展記念館

和洋折衷様式で面白いデータがあったら是非メールいただきたい。>v@f.email.ne.jp


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